「気持ち、自分、信念」、新しい発想のリーダーシップ

リーダーシップという言葉を聞くと、すぐに企業管理者や政治家などが思い浮かぶと思いますが、わたしが初めてリーダーシップという概念に接したとき、「リーダーシップとは単に影響すること」、「相手はだれでもいい」と教えられたことが目からウロコでした。それまでは、リーダーシップとは権威者からなにかを指示されることだと思っていたからです。

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【「オピニオン:新しい発想のリーダーシップ」キャリアサポート誌2007年3月号より抜粋】

 わたしには信じていることがある。大学に入学したばかりの頃(1980年初)、担当教授に「後輩の女性たちの社会進出のために、なにができますか?」と聞かれたことがある。そのとき、女性運動にあまり興味がなかったわたしは、反射的に「わたしから何かをするということは考えていません。わたしは、自分がやりたいことをやり、それをいいと思ってくれた人たちがまねをしてくれればいいと思います」と答えた。このとき深く考えずに出した答えに、これまでの自分の行動の基本方針や、なぜリーダーシップ研究大学を創立しようとしたのか、またこれからの人材育成に必要だとわたしが思うエッセンスがあるように感じている。

 わたしが答えた内容には、後から考えると、リーダーシップの既存イメージに対する3つの疑問が含まれている。①わたしから何かをするということは考えていない、②自分がやりたいことをやる、③それをいいと思ってくれた人たちがまねをしてくれればいい、という3つの部分に分けると、ひとつめは、「リーダーシップは力で動かすものかどうか」という疑問である。リーダーシップという言葉が一般的に使われるとき、相手に何か言動や行為で物理的に力を与えて相手を動かすというイメージがある。つまり、「なにも力を与えない」ということは、リーダーシップではないというイメージがある。

 2つ目の疑問は、「リーダーシップは他者を動かすものかどうか」である。一般的には、リーダーシップには、必ず力を与える相手(他者)がいると考えられている。自分がひとりでやりたいことをやるときに、リーダーシップという働きがあるとは、通常は考えられていない。

 3つ目は、「リーダーシップの成果はなにか」という疑問である。通常は、やってほしいと思ったことを相手がやれば、リーダーシップは成功した、あるいは成果があったと考えられる。リーダーが単に自分の信じるところを精一杯やっているときに、見ず知らずの人が影響を受けて、リーダーのマネをしたり、リーダーにとって有益なことをしたとき、それは通常のリーダーシップの成果というイメージではない。

 これら3つの疑問は、いずれも従来のリーダーシップ研究でリーダーシップに不可欠なものとして語られてきた「力」、「他者」、「成果」に対するものである。このリーダーシップからイメージされるのは、同じ職場で働く上司と部下、同じ目標を共有する自己と他者(他集団)の直接的なリーダーシップであり、「力で動かす」イメージがある。しかし、1980年代になって耳にするようなったカリスマ的リーダーシップやビジョナリー・リーダーシップなどに示されるように、「力で動かす」のではなく、信念や思いやりのこもった言葉を切々と訴えたり、相手が感銘を受けたり共有したいと思うビジョンを訴えたりして、相手の気持ちを動かし、気持ちを動かされた相手が自発的に動くという「気持ちを動かす」リーダーシップという新しい発想が出てきた。

 このように、リーダーシップに関する研究や発想は、まだまだいろいろな可能性があり、固定観念に縛られず自由に研究や発想をしていくべきだと思う。となれば、上記のわたしの3つの疑問についても、「力で動かすのではなく気持ちを動かす」、「他者ではなく自分に働きかける」、「成果ではなく信念を求める」という3つの柱をもつリーダーシップがあってもいいのではないかと思えた。

 では、こういった今までのイメージとは異なるリーダーシップは、どのようなものか。「力で動かすのではなく気持ちを動かす」ためには、やってほしいことを押し付けるのではなく、相手がやりたくなるように、自分に従いたくなるように、やってほしいことや自分自身が相手にとって魅力的に見えるように、自分を磨いたり、やってほしいことの意義をアピールしなければならない。つまり、自分や自分が主張する事柄の価値を一所懸命高めなくてはならないのである。

 「他者ではなく自分に働きかける」とは、自分がやろうとしていることの責任は、自分にもってくるということである。「生活がつまらないのは、仕事が忙しすぎるから」とか、「結婚相手が見つからないのは、いい人がいないから」とか、「仕事がうまくいかないのは、部下が育たないから」とか、他人や環境の責任にするのではなく、そいうった問題が多々あるなかで、自分にできる行動をしてしまうのである。つまり、自分に対するリーダーシップである。自分を動かすということは、自分から自己成長の機会を創りだし、他人や環境を変えていくきっかけにもなる。

 「成果ではなく信念を求める」とは、別の言い方をすれば、「結果は後からついてくる」である。最初から成功を定められた目標に向かって動かなければならない場合、結果を気にするため、自分の気持ちを抑制することになる。一方、「結果は後からついてくる」と信じて、自分が信じる道を一所懸命進む場合は、自分の気持ちを最大限発揮することになる。どちらの場合も、緊張やストレスや肉体的疲労はあると思うが、後者の方がやりがいを感じたり、完全燃焼できるのではないだろうか。その分、次のやりたいことへのエネルギーも2倍3倍になって湧いてくる。

 わたしは、今の日本でこんなリーダーシップの考え方や実践があってもいいのではないかと思っている。・・・中略・・・

 いままでの「力、他者、成果」がキーワードであったリーダーシップは、もう行き詰まっていると思う。力を使って他者を動かし成果を追及するのではなく、もっと自分の信念や行動に集中するリーダーシップが、わたしたちを生き生きとエネルギッシュにさせてくれるのではないか。力の代わりに自分の価値を磨いているか、他者ではなく自分に働きかける自己成長のリーダーシップをとっているか、成果を気にして自分の気持ちを抑制するのではなく、覚悟を決めて信念を貫こうとしているか、等々、わたしたちひとりひとりが自分に尋ねてみるのはどうだろうか。
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