死ぬ時に、人間としてどれだけ贅沢な一生をいきたかは、どれだけ深く愛し愛されたかで測ることになる


最後に残すべき大切なものは「愛」だけだといったら、また歯の浮くようなことを言うと嫌われそうだが、死ぬ時に、人間としてどれだけ贅沢な一生をいきたかは、どれだけ深く愛し愛されたかで測ることになる。

愛は恋愛だけではない。男女の性の差も、身分を超えた、関心という形を取った愛の蓄積である。

それ以外のものは大地震の時の登記のようにぶっ壊れる危険に満ち満ちているから、とてもカウントの対象にはならない。」

「自分の顔、相手の顔、自分流を貫く生き方のすすめ」曽野綾子著、株式会社講談社、2004, pp.187-188


心から大事にしていた人が亡くなり、遺品に自分が送った数々のモノを見つけた時、本当に大事なものは、大事な人とどれだけかかわったかということだとつくづく感じました。それ以来、モノには価値を感じられなくなりました。

本当に大事なもの、「自分アジェンダ」レベルで感じるもの。






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