「キレ」の思考は「能力」の問題に属し、「コク」の思考は「存在」の問題に属する



「「キレ」の思考は「能力」の問題に属し、「コク」の思考は「存在」の問題に属する---これは私が本書の執筆中にたどり着いた一つの結論ですが・・・」(p.191)


著者の村山氏のこの指摘は、とても興味深いです。

「自分アジェンダ」概念においても、「やれずにはいられないこと」は”存在層”で発する欲求だと考えているからです。これはアメやムチを使って外部から働きかけられる動機ではなく、自分の内なる世界が発する動機だと考えています。

『「キレ」の思考 「コク」の思考』 村山昇著、東洋経済新報社、2012年
http://goo.gl/AHVdg




以下の指摘もまったく同感・・・!
MBA的スキル、プラスアルファがほしい。

「思考は個性です。ロジカルシンキングの方法論を学ぶ、フレームワーク思考という型を学ぶ。そういした「キレ」の思考の訓練は、一種のビジネス・リテラシーとして必要ではありますが、それに頼れば頼るほど、没個性という罠に陥ります。

鈍く曖昧であるが論理の枠外から考えを起こす、型から離れて自由に想いを描く。そうした真に個人の味わい、色、価値観が滲み出る思考こそ、ビジネス現場では、もっともっと奨励されなければならないし、それをうまく表現する人々がさまざまに出てくることを私は願っています。

一人ひとりのたくましき「コク」の思考がそこかしこに溢れ、思わぬ創発がどんどん起こる状況になれば、チームや組織はいやおうなしに活気づくはずです。」(p. 192)

「受講者のディスカッションを観察していると、ある部分、どうしても答えが深まって行かない二つの傾向がある。それは「正解を当てにいく」傾向と「情緒的な意見に終始する」傾向である。

一つめの「正解を当てにいく」傾向というのは、何かこれには合理的・戦略的に正しい答えがあるものとして、これまでに知識として習ってきたMBA(経営学修士)的なセオリーやフレームワークを駆使して、論理矛盾のない、”優秀な答え”を作成しようとする姿勢である。そこでは、何かきれいな形の答えを出すことが思考の目的となってしまい、結果的に出された答えは、戦略論的にはまとまっているものの、こじんまりとしていて、行間からほとばしる意志の力のようなものが感じられない。

二つめの「情緒的な意見に終始する」傾向は、ただただ、「地球環境の保護は大事だ」「一日に何千人もの子どもがエイズで死んでいくことは悲しい」といった感情が全面に立ち、こうすればいい、ああしたらよいといった感覚的な意見だけが行き交って議論が表層で漂うことだ。

私が「モラルジレンマ」のケースを通して求めたい主観的意志の答えというのは、論理・客観を踏まえ、そこを超えたところにつくり出す主観であり、情緒的な意見を超えたところで肚に据える意志である。日本のビジネス現場の会議には、ときに鋭い論理や批評はあるが、状況をブレークスルーできる主観がない。ときに情ばかりに流されて意志がない。だからこそ、個々が「コク」の思考によって、しぶとく自分を滲み出す訓練が必要なのだ」(p. 168)

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