投稿

2月, 2013の投稿を表示しています

自分アジェンダ®のレディネス層

イメージ
自分アジェンダ®レベル

自分で自分を不幸にしない」で説明したように、競争レベルよりも自由レベルが、自由レベルよりも調和レベルの方が「満たされる」と考えています。

競争レベルでは、「個としての自分」が出発点であり、自分以外は競争の対象、資源を奪い合う競争は孤独やストレスを生むことになると感じます。

自由レベルは、資源の奪い合いがない気持ちや価値観にかかわることなので、競争から自由になれます。しかし、他者との関係性のなかで満たされるものなので、気持ちや価値観が異なると疎外感というストレスが生じます。

「個としての自分」も「他者との関係性にある自分」も、見たり感じたり感知できる世界を前提にしています。そういう「自分」は科学することもコントロールすることも可能だという前提にあると思います。

しかし、調和レベルは、感知できない世界を前提にします。感知できない世界を仮に「宇宙エネルギー」と呼んでいます。自分を超える、感知できない自分もいるというとらえ方です。人間には感知できない、人間を超えるエネルギーがある、人間のコントロールや科学が及ばない宇宙エネルギーがあるというとらえ方です。

感知できない宇宙エネルギーのなかで、自分が感知できるレベルの思い込みのエネルギーを押し出そうとすると無理を感じることもあると思います。宇宙エネルギーが求めるままに精一杯行動する、生きる、あるいはたゆたう、そうすることがもっともストレスがないことであり、宇宙エネルギーに貢献することだと思います。

Copyright©2012 Azusa Ami, Ph.D. University of Leadership Studies

しかし、宇宙エネルギーを見たり感じたりできない場合、どうしたらいいのか。

見たり感じたりできなくても、人間はその場にいます。その場にいて、エネルギーを受けています。瞑想とか、ヒラメキとか、A, haとか、しっくりいくとか、プレゼンシングとか、よく聞きます。これが、宇宙エネルギーが求めることを表していると思います。

自分の内なる世界を、深く深く探るとどこかでしっくりくるものがあると思います。あるいは、意識しなくても、好きでなくても、やりたくなくても、やらなければならないと感じること、使命感を強く感じることもあると思います。頭で考えたり、価値があるからとか気持ちいいからというのではなく、…

「ほんとうに持っているもの、授かっているものを出し切って、打ち込んで学びひたり、教えひたっている、優劣を論じあい、気にしあう世界ではない」

イメージ
自分で自分を不幸にしない

「自分で自分を不幸にしない人」という表現を聞きました。
「幸せになる」という表現よりも、なにかしっくりいくものを感じました。

自分アジェンダ・レベルとして、競争、自由、調和という3つのレベルがあると考えています。

ここでの「競争」は、「個としての自分」が発想の出発点です。「個としての自分」は、自分が目に見える資源をできるだけ多く得ようとすると思うので、自分以外は競争の対象になります。勝ち負けや優劣を意識しなければならないので、休まらないストレスを感じます。競争に集中すればするほど、孤独感やストレスは大きくなるように思います。これを不幸と感じるかどうか。

「自由」は、「他者との関係性にある自分」が発想の出発点です。気持ち、価値観、美意識というような制限のない資源(無形)が対象なので、競争というストレスから自由になります。共有仲間が広がれば自由な気持ちも広がりますが、共有仲間が少ない場合は疎外感を感じます。これを不幸と感じるかどうか。

「調和」は、「感知できない宇宙エネルギーのなかの自分」が発想の出発点です。生まれてきたからには、全体の一部としてやるべきことがあると思います。やるべきことをやれば、全体をめぐって自分に帰ってきます。この繰り返しによって、全体の一部を埋めているという充実感を得られると思います。

充実感の深さは、全体をどのようにとらえるかにかかわります。自分の血統だけ、自分の仲間だけ、地域だけ、自分の○○だけ、というように全体を狭くとらえれば「個としての自分」に近づきます。「個としての自分」に集中すれば、自分以外を競争対象にせざるを得なくなります。

全体を人類、自然環境、地球や宇宙などととらえれば、自分の影響はその全体をめぐりめぐって帰ってきます。自分の影響が確実に足あとを残し、意味をもっていたら、その充実感は大きいものではないでしょうか。

たとえば、自分の身近に影響がなければいいと思って排気ガスをはきっぱなし、ゴミを捨てっぱなしにしていたら、同じような行動をとる人が多ければ、巡り巡って自分が吸う空気や環境が汚れてきます。排気ガスもゴミもちゃんとしようという人々が多ければ、自分の周囲の空気も環境もきれいになっていきます。

このように考えると、「自分で自分を不幸にしない」とは、全体の一部として全体に役立つことを一所懸命やることではないかと感じます。

全…

評価 vs 課題レディネス診断

イメージ
「同じようなインプットに対しては、同じようなアウトプットが出るという一貫性」は安心感や納得感をもたらすと思います。日々雑多なことに追われ、社会が複雑になればなるほど、人間関係を雑に扱うようになり、そういった安心感や納得感に配慮する余裕がなくなるような気がします。

信頼関係は、相手が「期待していること」を「期待されているように対応すること」でお互いに納得・安心し、落胆や失望がない状態で養われると思いますが、そう考えるとき、いつも思います。なぜ、状況対応リーダーシップ®はいいのか。複雑に感じる人間関係や信頼関係をシンプルにしてくれ、うまく行動できるようにモデルそのものが教えてくれるからだと思います。
状況対応リーダーシップ®では、インプットを仕事に対する能力・意欲(課題レディネス)、アウトプットを能力・意欲を高めるための「リーダーシップ」ととらえ、下記のように、有効なリーダーシップは課題レディネスによって変わるとされます。
ある仕事に対して・・・ 課題レディネス(能力・意欲)が低い場合、ひとつひとつ説明や指示を行う教示的なスタイルが有効課題レディネスが中程度の場合、指示だけではなく支援も増やす説得的、あるいは参加的なスタイルが有効課題レディネスが高い場合、指示も支援も減らす委任的なスタイルが有効

相手の課題レディネスにあわないリーダーシップ・スタイルをとることは、相手が「期待している働きかけ」を、自分が行なっていないことを意味します。相手は「期待しているように働きかけてくれない」と感じ、落胆や失望を感じます。このまま同じスタイルをとり続けると、何も成果が生まれないだけではなく、信頼関係が損なわれていきます。
状況対応リーダーシップ®は発表されてから40年以上、世界の仕事の場で使われてきました。多くの場合、部下に対する上司のリーダーシップという枠組みで使われてきましたが、部下の課題レディネスにあわないリーダーシップをとることは、部下を成長させないだけではなく、お互いに避けたくなるような人間関係に陥らせてしまうということがわかっています。 よく誤解されるのですが、課題レディネスは「評価」のために行うのではありません。成長目標を考えたり、成長までの経過報告のために「診断」するものです。「できる、できない」という「評価」を下しレッテルを貼ってしまうことは、部下の課題レディネス向上の可能性も…

アジェンダ・レベル-自分アジェンダ®をより存在レベルへ

イメージ
「アジェンダ・レベル」

なにがもっとも重要かと、いろいろ考えていますが。。。
やっぱり「アジェンダ・レベル」だと感じています。

難しく考えれば、いろいろあるかと思いますが、直感的に考えれば、わたしたちの感覚は、少なくても、行動、意識、価値、存在の段階があるように感じています。

行動は、実際に行動するレベル。
意識は、「頭」で考えて、そうだろうと思うレベル。
価値は、「心」、つまり気持ちで感じるレベル。
存在は、頭でも心でもなく、自分では意識しないところで欲する欲求、使命のようなレベル。

これを「自分アジェンダ®」と呼んでいるわけですが。
「自分」という用語をどのように表現するか、現在、思考中。「自分」というと、物理的な自分だけの欲求に叶うこと、とても自己中心的なこと、と捉えられる可能性があります。

ここで表現したい「自分」は、物理的な「自分ひとり」ではありません。「自分が大事にしたいすべての世界」です。

アジェンダ・レベル

アジェンダ・レベルには、少なくとも、下記の3つのレベルがあると思います。



一つ目は、「現実的」と現代の人々が認める「モノ、目に見える行動や意図」のレベル。目に見える「モノの世界」、つまり物量的に図れるモノです。この場合は、「競争」が可能です。現代のわたしたちは、おそらく、この「競争の世界」で評価されていると思います。


レベル基軸制限内容調和のレベル目に見えず、感じることもできないもの、<存在、使命、やらずにはおれないこと>制限なし方向性をもたないエネルギー、たゆたう、ほとんど共有、存在の充実自由のレベル目に見えないもの、でも感じることができるもの、<気持ち、価値観>共有できるかできないか、疎外感を感じさせることもある「気持ち=エネルギー」なのでフリーエネルギー、方向性(価値観)を持つエネルギー、したがって共有できるかできないか、納得感・疎外感あり競争のレベル目に見えるもの、<モノ、行動、意図>物質およびエネルギーの量に制限あり所有権競争、希少価値競争、気持ちにも優劣をつける、大多数の基準で振り分けが生じる、勝者・敗者の区別あり

二つ目は、眼に見えないかもしれないけれど、多くの人たちが認める「価値観の世界」です。価値観は、共有できる人たちの間では、説明するまでもなく共有できるものですが、共有できない人にはわかってもらえない世界です。でも、共有したら、…